マフィア その1

ロシアンマフィアにチャイニーズマフィア。では、マフィアとはイタリア語でMafiaです。そして、イタリアのシチリア島を起源とする組織犯罪集団です。元々マフィアの起源は、中世シチリアのガベロットと呼ばれる農地管理人です。農地を守るために武装して、農民を搾取しながら大地主たち政治的支配者と密接な関係を結んで行ったのが発祥です。

19世紀(日本では江戸時代の後期から明治時代)から恐喝と暴力によって勢力を拡大してきました。

マフィアはイタリア国内では、ナポリを拠点として活動するカモッラ。カラブリア州を拠点とするヌドランゲタ。プッリャ州を拠点とするサクラ・コローナ・ウニータとは区別されていて、四大犯罪組織といわれています。

そしてマフィアの一部は19世紀末から20世紀初頭に、アメリカへと移民してニューヨーク・シカゴ・ロサンゼルス・サンフランシスコと大都市部を中心として勢力を拡大していきました。ニューヨークを拠点とするマフィアをコーザ・ノストラと呼び、シカゴを拠点とするマフィアをアウトフィットと呼んでいます。

マフィアかっこいいよマフィア

マフィアの歴史 その1

19世紀(幕末から明治時代)

1860年(安政7年)、統一イタリア王国にシチリア島が統合されたことが、歴史の変換点となりました。王国とは言っても、政権に集まった人間の中身は右翼から左翼までばらばらということもあり、伝統的に中道である大地主は不信感を抱きました。さらにシチリアの住民たちは、それまでの数世紀にわたるシチリア王国や両シチリア王国での、フランス人やスペイン人といった外国人支配者による政治的な圧迫の記憶から、政治や政府そのものに対して強い不信感がありました。住民同士での互助組織を通じて、その時々の外国人支配者に対して抵抗してました。このため中央政府に対する反発が強まっていき、大地主・保守的な宗教勢力・沸きあがる労働運動と、さらにはファシストによる混迷が生まれたことが、マフィアの躍進する土台が出てきました。

20世紀(1901年が20世紀の最初の年。明治34年)

マフィアはイタリアで主に労働運動などを扇動していきます。そしてデモなどを通じて会社や政治への関係を強めていきました。

また、マフィアの一部はイタリア人のアメリカ大陸への移民が増えるにつれて、アメリカ大陸においても同じような犯罪結社を作っていき定着していきました。

イタリア系アメリカ人は、18世紀から19世紀前半までにアメリカに渡り定着したイングランド人やドイツ人などプロテスタント移民に大きく遅れて、19世紀末から20世紀初頭になってようやくアメリカへ入ってきた後発移民集団です。後発移民ということもあり、アメリカ社会の中でも底辺に置かれたこともあり、同郷出身者同士の協力関係を築くようになります。アメリカマフィアは、元々はイタリア系移民の中で結ばれた相互扶助の形式いわば互助会てきな所から発達したとされています。

マフィアは1920年代から1930年代にかけてベニート・ムッソリーニ率いるファシスト政権によって徹底的に弾圧されて壊滅的な打撃を受けました。このときに一旦衰退したマフィアですが、第二次世界大戦中に対伊攻略のためアメリカ政府が利用したアメリカマフィアによって、イタリアへ逆輸入される形で再建されて現在まで至ります。

1957年11月14日、幹部がニューヨーク州アパラチン(地名)に集合した際(アパラチン会議)に、FBIによる大量検挙が行なわれました。そしてマフィアの名前がアメリカのメディアにも登場するようになりました。

※アパラチン会議

全米よりマフィアのボス達がフィラデルフィア北東部一家のボスジョゼフ・バーバラ(Joseph Barbara)の所有する邸宅に集まりました。

ニューヨークのジェノヴェーゼ・ファミリーのボス、ヴィト・ジェノヴェーゼが全米のボス達とコミッションを開く事を提案して、彼の呼びかけによって約100人のマフィア幹部が集合しました。会議中に、片田舎の家に多数の高級車が並んで、高級スーツを身にまとった男たちが100人前後も集まっているのを不審に思った警察のエドガー・クロスウェル、ヴィンセント・バシスコに踏み込まれてしまい、集まっていたマフィア達は周囲の森などに逃亡しました。しかし、多くの幹部達が逮捕されて起訴されました。ジョゼフ・ボナンノ(ボナンノ一家)、ジョゼフ・プロファチ(プロファチ一家)、サント・トラフィカンテ(フロリダ州、キューバ)、ジェームズ・シベーロ(ダラス)などの大ボスたちも捕って、65人が逮捕されました。この事件で、今までマフィアの存在そのものを否定していたFBI長官のジョン・エドガー・フーバーもマフィア撲滅を開始します。

おすすめハードボイルド作品

1960年代、パレルモの虐殺。

1980年代、第2次マフィア戦争。

1992年には、マフィアに対する捜査を率いて国民的人気を得ていたジョヴァンニ・ファルコーネ判事が、シチリア島のパレルモを車で移動中にサルヴァトーレ・リイナ指揮下のマフィアによって高速道路に仕掛けられた爆弾によって暗殺されました。それからさらにマフィアに対する取り締まりが強化したこともあり、近年では殺人などの凶悪犯罪は減ってきているとされています。

2011年1月20日、FBIはニューヨーク周辺にてコーサ・ノストラの大量摘発を行って、127人のメンバーを逮捕しました。